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2018ラカン ワークショップ二つ

今年の夏は暑かったが、このところ温度が下がり秋らしくなってきた。先日、テニスの全米オープンシングルスで大坂なおみ選手が優勝した。テニスは体力、技術のみならず経験が大事だが、20歳で優勝してしまうというのは驚きだ。こころから祝福したい。

秋はいろいろおいしい食べ物があってつい関心はそちらに行ってしまうが、学術関連の催しも多い。日本ラカン協会の第25回ワークショップが9月22日(土)に京都大学で、第26回ワークショップが10月28日(日)に東京の専修大学で開催される。

第25回のタイトルは『「ポスト68年」の集団ーラカン、ガタリ、ウリと現代』で京都での開催だが、同協会のワークショップが京都で開催されるのは初めてのことだ。第26回のタイトルは『ラカンと精神分析の68年5月』である。それぞれの内容については、同協会のホームページを参照して頂きたい。

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怪我の功名?

記録的な猛暑が続いたかと思ったら、台風が来たりと厳しい天候が続いている。暑さで熱中症になりかけたとか、体調を崩したという方々も少なくなかった。私もしばらく前、いろいろな仕事や用事が重なり疲労困憊しているうちに注意力低下のためかケガをしてしまうということがあった。ケガが治ってきたかと思ったら、今度は風邪をひいたり暑さで体調が悪くなったりと、しばらくは苦しい日が続いた。

最近は体調もよくなり一息ついたところである。体調不良や病気になって、健康の大切さがわかる。今はこんなことを言っているが、しばらく元気な状態が続くとついそのことを忘れてしまいそうな気もする。たぶん、忘れることを防ぐ必要があると何かしら感じてこんなことを書いているのだろう。

勤勉は美徳だが、度を越せばろくなことはない。そう言えば、医者の長時間労働も最近、トピックの一つになっているようだ。私も昔、1日仕事をしてそのまま夜間当直に入り、当直明けて朝から外来診療。地方のためか朝から待合室は座れなくて立っている人もいるくらいごった返し、「いやあ待つね」と患者さんに言われ、「すみません」と謝り、ようやく15時頃に外来を終えて昼食にありつく。食べ終わったと思ったら、病棟の診療。帰宅途中に車を運転していて、ひどい眠気に危険を感じて、沿道のコンビニの駐車場にお邪魔して仮眠をする。などという記憶が甦る。また、それより後の話になるが、ある医師が車を運転していて崖から転落して亡くなったということを聞いたことも思い出される。その医師は学生のお子さんもいて普段の言動からは自殺するようなことは到底考えられなかったという。居眠りによる事故ではないのかという噂も立ったのであった。

先日の私のケガは命には別条ないし、後遺症が残るようなものではなかった。だがあたりどころが幸いよかったとも言える。見た目は前述のような無理はしていないようでも、今の私の年齢を考えれば、疲れやストレスがたまらないように日ごろから用心しておくことは不可欠だろう。

なんと言っても健康第一。わかっていてもつい油断するので、余裕があるうちにこういうことを考えておくことが大切なのだと思う。「怪我の功名」とはよく言ったものだが、どうもこの文脈には当てはまらない気がする。というのが今日のオチで、おやすみなさいです。
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精神分析のこれから

精神分析が今後どうなっていくのか?ふだんから気になるテーマである。考えだせばきりがないが、連想することをいくつか書いてみよう。

セッションの頻度は、フロイトは、すべての人にというわけではないが、週6回を基本としていた。次第に時代とともに頻度がより少ないものが許容されるようになり、今はIPA では週4回以上のものが精神分析なのだということになっている。IPA 以外の団体では週3回以上というものもあるようだ。ラカン派ではそもそも固定された枠を嫌う傾向があり、セッションの時間も45分とか50分というようにきっちり固定されてはいないし、頻度もフレキシブルでこだわらない。遠方から休みを取って分析を受ける場合などは集中的にやることもよくやられている。1日に複数回のセッションをやるようなケースもあり、仮に1日3回で5日間連続してやれば、週に15回ということになる。こういうやり方はラカン派以外ではおそらくあり得ないであろう。

話は跳んで、現在の私の臨床活動ということになるが、実験的試みとして、月に2回くらいの頻度でしかも何曜日の何時というふうに固定せず月毎に相談して決めるというやり方を、希望がある場合にはやってみた。仕事がシフトを組むスケジュールになっていて、休みのタイミングがはっきりしないという方は大勢おられる。そういう方も受けることができるよう対応を試みてみた。そういうやり方を受け入れることはおそらく少ないので、好評ではあった。ただ、対応する側としてはなかなか大変な面がある。仕事のシフトが決まってから、予約の日時を決めることになるし、複数の人の間で希望する日時がかち合ってしまうこともある。また、私自身のスケジュールも毎週変わり、複雑怪奇なものとなる。手間と費やすエネルギーを考えると、このやり方をずっと続けるわけにはいかないので、そろそろ、新規の方については変則的な予約はやめようかと考えている。ただ、今までそういうやり方で続けてこられた方はそのまま変えずに継続することにしている。でなければ、続けることが難しくなってしまうだろう。

頻度のことに限らず、この世界にいる者はこれからの精神分析を考えることを避けるわけにはいかない。今日の話題に合致した雑誌を最近購入したので紹介しておこう。「精神療法」という雑誌が金剛出版から出ているが、「増刊第5号」の「精神分析の未来を考える」という特集号である。まだ部分的にしか読んでいないが、なかなかおもしろい論考が並んでいる。
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精神医学の学会で神戸へ

今日から7月。今日は日差しが強い。風のおかげで涼感があり過ごしやすい。梅雨は6月末に開けたとのことだ。

先日、神戸で日本精神神経学会の学術総会が開催され出席してきた。幅広い分野に渡っての発表やシンポジウム、ワークショップがあった。いろいろと刺激になったが、印象に残ったものとしては、性同一性障害/性別違和に関するシンポジウムがある。内容はプライバシーの問題もあるので控えるが、会場の入り口に数種類のチラシ、パンフレットが置いてあったのでもらってきた。

そのパンフレットの一つに、『学校の中の「性別違和感」を持つ子ども』のタイトルでサブタイトルが「性同一性障害の生徒に向き合う」というものがあった。作成者は岡山大学の中塚幹也氏で、科研費の予算で作られたものらしい。確かに小学校や中学校での対応は重要な問題だと思う。生徒自身が自分の悩みについてよく認識できていないことは多いだろう。学校の先生や親がこういう悩みを持つ子どもがいることを知っておくことが必要と思われる。

パンフレットの1ページ目に性同一性障害の簡潔な説明が載っているので、以下にそれを引用しておく。

性同一性障害 (Gender Identity Disorder: GID) とは、「からだの性」と「こころの性」とが一致しない状態で、自分の身体の性を強く嫌い、その反対の性に強く惹かれた心理状態が続きます。身体の性は男性、心の性は女性である male to female (MTF) と、身体の性は女性、心の性は男性である female to male (FTM) とに分かれます。
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禅と精神分析そしてメルボルン

先日、都内で禅僧とラカン派精神分析家の対談という形式での講演会があり参加した。 精神分析と仏教あるいは禅というテーマは私の関心事で、2000年代にメルボルンで精神分析の研修と研究をしていたのだが、禅の修行もすることになったことは、だいぶ前にこのブログの記事に書いた。先日の講演会の討論の時間では、私もコメントする機会が持てた。そして、なんと演者の禅僧はメルボルンで私が教えを受けた禅僧を知っていた。どちらも以前、米国で禅修行をした経験がありその当時から知り合いだったとのことだ。まったく世界は狭い。縁は不思議なものである。講演会の後の懇親会ではいろいろな分野の方々と話すことができ交流も広がり、有意義な午後のひとときだった。 さて、メルボルンの話になると私は熱くなる。一つ思いついたことをメモとして書いておこう。私はメルボルンに本拠を置く精神分析の組織に今も所属しているのだが、最近、5月下旬にその組織の名称が Lacan Circle of Melbourne から Lacan Circle of Australia に変更された。元々、メルボルンをベースに活動していたのだが、会員が他の都市に移住し地域的広がりを見せてきたため、国レベルの名称にしようという話になったのである。慣れ親しんだ名称が変更になるのは寂しい気もするが、地道な活動と発展の成果と考えれば嬉しいことだ。
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2018 夏のワークショップの行方

日本ラカン協会では夏と秋にワークショップを開催している。今年の夏のワークショップは、例年より遅くなり9月になりそうな状況である。スケジュールが確定して同協会のホームページに掲載されるのはまだまだ先のことと思われるので、参加を考えている方々の利便を考え、公式のものではないがお知らせしておきたい。

それにしても5月はあっという間に経ってしまった。5月31日もあと数時間という瀬戸際でやっと今月最初の記事である。仕事やら私事やらやることが山積して、やってもやってもまだまだゴールは、はるか先という感じである。書くネタはあるが、今夜はまだ仕事が残っているのである。人から見れば頼んだあの件はまだなのかと言われそうなのだが、実際に言われることもあるが、私としては一生懸命やっているのです。ご容赦くださいませ。

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したいことやらそうなってしまうということやら

ゴールデンウィークに入った。電車に乗ると、意外と人が多いとかあるいは少ないとか、いつもと人の流れが違うのを感じる。私はのんびりしたり、若干の仕事をしたりしているが、今日の午前中は英語で仕事のメールを書いていた。たいして長い文章ではないが、最近あまり書いていないせいか、時間はかかるし骨がおれる。英語力はどんどん落ちるばかりだが、そろそろ盛り返したいものだ。居間のテーブルにはしばらく前から英語で書かれた精神分析の本を数冊置いているが、なかなか読むところまでいかない。まあ、まずは傍に置くようになっただけでもよしとしよう。

何も考えないのでは何も始まらない。まずは、こうしようという意志を持つことが必要だろう。志あるところに道はあるのである。そもそも私が豪州のメルボルンに渡ったのも、海外で精神分析を勉強したり研修したいと思っているうちに、そのタイミングが来たのだった。なんの意志も準備もなく、突然行くことになったわけではない。もっとも、世の中には自分の意志ではなく、突如ある運命が訪れるというようなこともあるだろう。会社の中での転勤だって、自分が希望を出したわけでもないのに、命じられるということはあるだろう。

そう言えば、私も大学の医局に所属している頃は、あちこちの病院を回ったものであった。一応の希望を出してその通りになったこともあれば、予想もせず降ってわいたように話が出てきたこともあった。引っ越しは面倒だったが、いろいろなところに行ったりいろいろな経験をするのは今となってはけっこう楽しい思い出だったような気がする。

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日々

今年は桜の開花が早かった。私の住む地域では3月末に満開となった。もう桜は散っているが、ここにきて冷えるようになってきた。中には風邪をひいている人を見かけることがある。日中は暖かくても日が暮れると温度が下がってくるので気をつけなければならないこの頃だ。

家でやらねばならない宿題的な仕事は遅れており、来月はある研究会で発表する予定なのでその準備もしないといけないが、なかなか進んでいない。まあそういう思うにまかせない状況は珍しくないのだが、なんとなく気が重いのは、先日フランスから来日して研究会で講演をしてくださった分析家が急逝されたと聞いたことも影響しているのかもしれない。その方はオーストリア出身で、フランスに渡りラカンの分析も受けて精神分析家になったという経歴をお持ちだった。お話はとてもインスピレーションを与えてくれるものだったし、アフターの懇親会ではラカンとの分析体験も聞くことができた。お元気で頭脳明晰でそれほど早く亡くなってしまうとは想像もできなかったが、急なご病気で亡くなったとのことだ。

ひとの命は儚い。私もとっくに人生の後半生に入っている、そのことは自分でも認めているが、80、90、100まで生きるという保証はない。1日、1日を大切にして、悔いのない人生を送りたいものだ。

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いろいろと考える

フランスから分析家が来日して、先日、研究会が開催された。フランス語に触れると毎回のように、次の機会までにはフランス語を勉強しようと思うのだが、思うだけにとどまってしまう。そのあたりは残念なことだが、ともあれいろいろと刺激になり貴重な時間を持つことができた。それとは別の研究会で自分が発表する機会があり、またまたそれとは違うセミナーもあったりで、このところはけっこう勉強したり学術的な活動に参加している。

研究会ではトランスジェンダーの話も出てきたが、同性愛なども含めてこのあたりの話は前々からこのブログでも取り上げてみようと思いながら、そのままになっていた話題である。私が豪州に精神分析の学びを深めるために渡ったのは2000年だった。知り合いになった男性(と思われる人)と会話していたところ、パートナーのことを彼と言うので、彼女の間違いではないかと思いながら、そのまま聞いていたら、どうやらパートナーは男性だということがわかった。そしてまた、当時、日本では同性愛の人は肩身が狭く日本から豪州に移住してきた人もいるということを知るようになった。ラカン派精神分析の「性別化」の概念も知るようになり、自分が考えていた男とか女という概念が偏狭なものだったということに気づいたのも、豪州に行ってからである。

そう言えば、ここしばらく、豪州にもフランスにも行っていない。街も懐かしいし、人々はいまどうしているのだろう?そして最近の世間での話題である役所の文書書き換えの話。「父の名」がぶっとんでしまって天地がひっくり返るような感覚だ。


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体力のいるジャズライブ鑑賞

忙しいと言いたくないが、やることが多く目が回りそうな日が続いている。研究会で発表するということもあったが、参加する研究会やセミナーも目白押しだ。近々には、ヨーロッパから分析家が来日し、研究会が開かれることになっている。このブログの記事も今月は書かず仕舞いで月末となったが、今月も明日で終わってしまう。

こんな前置きのようなことを書いているわけだが、今日のテーマのようなものは何も浮かんでいない。今月の記事がゼロになるのはなんとか阻止したいという思いだけが働いているようである。一昨日あった研究会の後の懇親会では、趣味を持っていたほうがいいねという話が出た。例によって、私はジャズの話をした。

と、書いていると救いの神のように連想が浮かんできた。今月は時間がなくあまりジャズのライブに行けなかったが、特筆すべきことがある。東京の吉祥寺にメグというジャズの店がある。1970年に開店した老舗のジャズ喫茶だったのだが、後にライブをやるようになったのである。オーナーはジャズ評論家の寺島靖国さんである。そのジャズファンの間では有名な店が今月、すなわち2018年2月一杯で閉店することになった。吉祥寺は私の家からは遠くて行きにくいので、メグに行くという機会はほとんどなかったのだが、ジャズファンを自称している私としては、ここはなんとしても、遠征をしてメグ体験をしておかねばなるまい、と考えるのは自然なことであった。丁度いい具合に、ジャズ喫茶だったメグが初めて生のライブをした時に出演したシンガーの Maya さんがメグ閉店最後の月に出演するという。Maya さんは、最近はメグに出ていなかったのだが、閉店するということを聞き、直々に寺島オーナーに連絡し出演が決まったのだそうだ。

幸い、自分のスケジュール上、行けそうだ。問題は遠いので早めに帰らなければならないが、これも翌日のスケジュールを考えると、近くに泊まって翌朝そこから仕事に出かければなんとかなりそうだ。ということで、結局、泊りがけでスタートから終演まで聴くこととなった。メグは予約のできない店である。混雑が予想される時には、早く行って並ばなければならないのだ。寒い中を開店前から並び、無事、店内に入ることができた。ところが、ここで問題が生じた。メグは元々、ジャズ喫茶だっただけあり、ライブをやりやすい構造や広さではない。テーブル席には座れず、結局、なんとか通路に臨時でおかれた折り畳み椅子に座ることになった。座ったからこれでほっとするというわけにもいかない。ひとが通路を通るときには、体をくの字に折り曲げ前傾姿勢を取り、ひとが通れるようにしないといけないのである。なんとも、体力のいるジャズ鑑賞である。

そろそろ、ライブの内容に話を展開させないといけないのだが、頭が働かなくなっている上に、明日は早起きしないといけないのだ。どんなライブだったのかは、関心のある方はMaya さんのブログをご覧ください。記事の題名は Meg となっている。おやすみなさい。

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